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エッセイ

自動販売機

大昔の話です。

父の会社の保養所がとなり町にありました。

プールやテニスコート、野球のグラウンドがある、運動場。

近かったので、よく父が連れて行ってくれました。

ある日、テニスの試合にわたしもひっついて行き。

楽しみのひとつが、

クラブハウスにあった、懐かしの自動販売機。

コーラやファンタが瓶で売っていました。70円。

いつもは父に買ってもらうのですが、今日は忙しそう。

「お金ちょうだい、一人で行ってくる」

100円玉をにぎりしめ、クラブハウスへ。

お金を入れるところが高いところにあり、届かない。

背伸びして100円を入れた‥

と思ったら、コロコロ転がって通りがかったお姉さん(おばさん?)の足元へ。

「はい、どうぞ」

おばさんが渡してくれるのですが、なぜか受け取ることができなかったわたし。

じゃあお金入れてあげるから、どのジュースがいいの?

とまで言ってくれたのに、手を後ろで組んで、下を向いたままのわたし。

すると、

「あっそう。いらないのね」

そう言って、自分のお財布に100円を入れて、行ってしまいました。

困った。おつりの30円どうしよう。

小さなアタマで考え、時間をつぶしてから、父のところに戻りました。

「犬に追いかけられて、びっくりして逃げたら、おつりの30円落とした」

「ジュースはちゃんと飲めたの?」

と聞く父。うなづくわたし。

おばさんのヒールの靴、100円がしまわれた長財布、遠ざかる後ろ姿、そして、真っ赤な自動販売機。

幼いわたしの不甲斐なさ。

心にちょっとしたキズとなって残る。

父に悪いことをしたなぁと、今でも思うできごと。

お金を入れると、ガタンガタン、ドーンと落ちてくるファンタの瓶の音が、今でもわたしの耳に残る。